ネエさんの扉

ネエさんの扉9「雲取山で出会った、シカ、サル、マウンテンバイク」

先日休みに雲取山に雲を取りに行ってきました。

 

天気は素晴らしく雨。

途中の山小屋でトイレ休憩。

ドガーン!とカミナリ。いやあ・・・山のカミナリは怖い。

 

今回はテント泊。

 

山頂近くの山小屋近くにテントを張ると、マウンテンバイカーがガンガン登ってきました。

女性もいました。かっこいいなあ・・・

自分は普通に登山ですみません。

 

夜は酒癖少々悪めの気さくなT.Kという山小屋の

おじさんと、近くにソロでテント泊をしていた方と酒盛り。

なかなか楽しい夜であった。

シカの目がウヨウヨ闇夜に光り、幻想的。

テントに戻り、寝袋に入るもシカがテントの周りをスタスタ歩き回っていて

若干怖かった。

 

翌朝天気は晴れ。

テントを放置し、山頂へ。

無人の山頂は最高でした。

急斜面に白い丸いものが動いてる。

なんだろう。

シカのお尻だった。

なんちゅう可愛い光景であろうか。

 

下山途中、サルの大群と遭遇。

野生のサルは毛がフカフカで可愛い。

何かくれ、という目でこっちをジッと見ている。

すまん。もう水しか無いんだ。

 

いやあ、山は良い。

良いけど下山したら下界が辛くなるので、それはそれで考えものだ。

CIMG2091.jpg

 

 



ネエさんの扉8「トルコ、ウルルン滞在記、涙の別れ」

訳あってトルコの知人のアパートに3週間弱ステイしていたワタシ。

3Kほどのアパートには、仲良し4人組がシェアしていて、その一部屋をワタシと友人と子供の為に空けてくれました。

18~25歳の年齢の彼ら。

本当に関心するほど朝早くから働いて(週6日)、疲れた顔一つ見せず帰ってきて、鼻歌まじりで楽しそうに夕飯を作ってチャイを飲む。

そんな生活。

学校は小学校まで。その後は家族の為に働く。それが普通。

英語なんて分からない。字もあまり上手く書けない。

だから生活は完全にトルコ語でした。

 

言葉がうまく通じないのに彼らは本当に親切で、いつも手料理とチャイを笑顔でふるまってくれました。

帰国まで1週間をきったくらい、私は何か彼らにプレゼントをしたいと思った。

ただ何かを買ってあげるのでは伝わらない・・・、では作ろうではないか。

 

1日多い時で10杯は飲むチャイ。

それなのにそのアパートにはコップが3つしかなかった。

チャイカップをあげよう。それに漢字で彼らの名前を描こう。

それから毎日、夜な夜な少しずつ書きあげたチャイカップとチャイトレー。

 

そして帰国前夜、本当に親切にしてくれてありがとう、という感謝の気持ちをなんとか伝えたかった私は、下手なトルコ語で手紙を彼らに書いた。

彼らがたまっている部屋に行き、手紙を読んでチャイカップのセットを差し出した。

すると・・・「書いたの!?」と驚き、いつも陽気で笑顔な彼らが黙り込み、黙って日本語の辞書をひきだした。

「感謝、」

「ありがとう、」

「さみしい、」

と、涙を浮かべながら一つ一つ日本語で言ってくれた。

特に、4人の中で一番シャイで、話す時ももなかなか目を合わせてくれなかったアディル。

そのアディルが涙を浮かべながら私の目を真っ直ぐ見て、はっきりとした口調で

「ありがとう」

と言ってくれた。

涙が流れた。

 

決して裕福では無く、お金に余裕があるわけでもないのに、いつも彼らは、これ美味しいよ!これ美味しいよ!と果物やトルコのお菓子を仕事帰りに買ってきてくれていた。

彼らは人をもてなす事や、人に優しくするという事が、本当に本当に当たり前の事であって、それをする事によって、見返りを要求するわけでもなく、自己満足するわけでもなく、ただただ心が温かいのであった。

 

私にとって、トルコで見た美しい風景や、活気溢れる市場の楽しさなど、どれも良き思い出ではあるが、なによりトルコの人達の温かさが私の中で一番強く残っている。

 

ネジム、ムスターファ、アディル、エムラ、優しさをありがとう。

また会う日まで。

CIMG1966.jpg

CIMG1879.jpg

CIMG1827.jpg

 

 



ネエさんの扉7「トルコの様子がおかしいビアンキショップ」

CIMG1808.jpg



ネエさんの扉6「幸せになるんだぞ」

友人の結婚式に御呼ばれしてきました。

立川の某式場で。

披露宴まで御呼ばれするのは久しぶりではございましたが、

珍しく新郎新婦ともに友人、という間柄。

 

DJしながら飲んだくれて踊りまくった日々。

 

砕けた場面の二人を見すぎているため、なんだかかしこまってバージンロードのような処を

静々と歩いているのを見て笑いそうになってしまった。

 

嫁サイドの女子は、終始ヨヨヨ・・・とハンカチを当て、感動の涙をこぼしていました。

 

が、私は鼻炎薬を飲んでいたため口の中がパサパサで息苦しかった。

賛美歌は、だいぶパブのママ並みにハスキーだったが頑張って熱唱。

 

しかし、少々驚きだったのは、チャペルでリンゴーン!は真っ白な純白の空間では無く、

洞窟のような暗くて前が見えない・・・というところだった事。

さすが私の友人、訳がわかりません。

 

カリブの海賊のようなムーディーで静粛な演出。

「誓います!!」とか真面目にやってくれればくれるほど、

笑いを堪えるのに必死でございました。

 

フラワーシャワーの時に、プロのカメラマン(女)が、

ラグビー専門のスポーツ記者ですか?と聞きたくなるような、滑り込みでシャッターを切りまくっていたため、間違えてそちらばかり見入ってしまった。

面白かったです。

 

披露宴はホロリとする場面で一切ホロリとせず、

なぜか新郎の幼少時代の写真がスライドで映し出された時に泣いてしまった私。

 

 

撮った写真を後から見返すと訳の分からないショットばかりであった。

ケーキカットなんて全然ケーキ写ってないし。

 

最後に嫁からご両親へのお手紙。

泣いて読み出せなかったあの時、

低い声で「かおちゃんガンバレー」と叫んだのは私です。

熱くなってしまってねえ・・・

 

じゃあ幸せに。

けんかしたら仲直りするんだよ。

CIMG1581.jpg



ネエさんの扉5「タイで見つけた怪しいもの」

タイ、それはツッコミどころ満載の国

 

こ・これは・・・と突っ込みたくなる物を沢山見かけました。

 

ある夜、酔っぱらって何も無い所でころび、流血。

応急処置の為、薬局を探す。

夜中でも開いていた薬局。で見つけたツッコミアイテム

 

それは「蚊取り線香」

 

赤チンとバンソウコウとソレを購入。

しかも優しい店員のお姉さんは「その蚊取り線香は何度も床に落っことしてるし、

しけってて着くかどうかわからないからタダでいいよ。」と言って赤チンと一緒に乱暴に袋に入れてくれました。

ありがとう。

 

しかも殺人的な煙が出るから気をつけろ。との事。

御親切に忠告ありがとう。

 

日本のメーカーのコピー物は沢山あったが、これは渋い。

とりあえず香ってみると何とも言えぬ恐ろしい匂いがした。

火を着けたら蚊が死ぬ前に私が死にそうなので止めておこうと思う。

 

CIMG1447.jpg

 

 

 



ネエさんの扉4「私のもうひとりのいもうと」

私のもう一人の妹は大変クールな女だ。

 

クールなのに昔からGLAYには弱いらしい。

簡単に言えば熱烈なファンである。

私にはグレイ,といえば肌のボロボロなハウエバーな4人衆、くらいの印象しかないが、

そんな事言っているのが彼女の耳に入れば、私はきっと暗殺されるであろう。

 

私の頭の中がパンクだった昔、妹とブックセンターいとうに行った。

「GLAYのすべて」とかそのような本が100円特価コーナーに陳列されていて、

彼女は一人、グレイに100円を付けるなんて!センスないわね!とブチギレていた。

 

その昔、大晦日に家族で紅白歌合戦を観ていた私。

細川たかしの熱唱に聴き入り

クライマックスの盛り上がるところでいきなりチャンネルが「ブッッ」と変わった。

横を見ると妹がリモコンを持っていて、

 

「レコード大賞にグレイが出るから。」、と顔色一つ変えずに言った。

 

大変怖かった。

 

実家に帰ると妹のいた部屋をチラと覗いてみる。

妹はいないが(生きてます)、壁に最優先でデカデカと貼られたGLAYのポスターを見ると、

なぜかしんみりする。

 

先日久しぶりにメールがきたと思ったら、

「梅干を漬けすぎたので取りに来てください」

という唐突な内容であった。

 

大変、冷たい・・・、いや、クールな妹よ。

本当は優しい心の持ち主だということは私にはわかっているぞ。

 

梅干は近々取りに行く。

 



ネエさんの扉3「みんな去ってしまった」

 

愛する金城さんと玉置さんが去ってしまった今、私はこれを聴く。

 

中島みゆき「みんな去ってしまった」(みんないってしまった)

 

1976年に発表されたこの作品。

短期間で制作されたとは思えぬ素晴らしい作品。

全曲素晴らしいがその中でも「彼女の生き方」という曲が私は好きで、中島みゆきさんの後ろめたい雰囲気とブルーズなラインがとても美しい。

何だか毎日忙しくて、自分を忘れかけてしまいそうになったらこのアルバムがお勧めです。

 

70年代の日本の音楽シーンは天才的な人が多く、その後音楽を志す人たちに大きな影響を与えてきたに違いない。

はっぴいえんど、吉田美奈子さん、中島みゆきさん、あげればキリがないが、その世代を知らずして現在の音楽を聴いている若者が興味を持ってくれたらと。

 

すべての事に歴史がある。

 

CIMG1234.中島みゆき



ネエさんの扉2「私のいもうと」

私の妹はかなりマイペースな女だ。

夕飯なんか2時間くらいかかっていた気がする。

 

そんなミス・スローモーションな妹

実はそんなスローリーな人間になってしまったのは私のせいだ、という疑惑が今更浮上している。

 

たしかにあの子は最初は普通の子だった。

ただあの夏の暑い日・・・・・・

 

私が小学校一年生くらいだったか、髪型は父が適当にカットしていたマッシュルームカットだったか、とにかくアリ地獄を掘りまくっていたようなチビッコの頃。

昼間気持ちよさそうに昼寝をしている妹の横で、私はベーゴマをしていた。

そして手が滑って妹のオデコにベーゴマが直撃。 「ゴッッ!!」と音がした。

「ギャーーッッ!!」という泣き声を背に私は走って逃げた。

そしてしばらく秘密基地で震えていた。

小さい頃から妄想はたくましかったので、明日の朝刊には「姉がベーゴマで妹を殺傷」とか載るんだ・・・とか想像し、自らを追い込んでいた。

実際、現場にはベーゴマを残してきてしまったし、きっと指紋が残っている。

 

暗くなってきて怖くなったので、意を決して帰宅すると、オデコが柿のように腫れた妹を抱いた母に、殺されるんじゃないかというくらい叱られた。

その日以来、妹はなんだかユックリな子になってしまった。

随分、会ってないけどたぶんまだユックリだろう。

 

ごめんね。許さなくていいから忘れておくれ。

 

 



ネエさんの扉1「府中の秘密の部屋」

府中の男子禁制の部屋は私好みの部屋に。

 

改装中。 フフフ・・・

数少ない女性のお客様が喜んでくれたらなあ

 

グリーンも育ててます。

 

小さい頃、森が好きで木ばっかり登っていた。

5歳くらいの時、家出しようと思って家の近くのキンモクセイの木に登って「よし...もう家には帰らないぞ...」と思っていたら夕方頃まんまと見つかって、「ご飯よ。」と言われ普通に帰った。

 

秘密基地造ったり、グミの実を歩きながら食べていた。

木登りは得意です。今でも。

 

TIME NOT  CASH

 

ウッドストックは終わらない。私の中では。

 

ではネエさんの扉はスペシャルページにてお会いしましょう。

 

 

 

 

 



 TOPPAGEIndex TOPPageTop